運送 配車担当

松葉 勝史さん(2016年 中途入社)

新日本輸送 郡山本社

小学生のころからトラックドライバーを目ざし、20歳から20年近くドライバーとして活躍。
「ドライバー以外の職業は考えたこともなかった」という彼が故郷に戻る決意をしたのは、自分を導いてくれた父との時間を優先するため。
新日本輸送には倉庫業務担当として入社したが、現在はドライバーの経験も活かし、配車担当して活躍中。現在も時々トラックのハンドルを握る。

父の背中を見て、父の隣で育ったドライバーへの道。

小さい頃からトラックドライバーだった父の助手席に乗って、日本全国色々なところへ連れて行ってもらいました。車高の高いトラックの運転席は、幼い僕にはとても広い視野で世界が見えて、ドライバーは最高にかっこいい仕事だと思っていました。それから他の職業に憧れたことなどほとんどなく(笑)学校を卒業した後はすくにドライバーになりました。父がどう考えていたのかはちゃんと聞いたことはないのですが、きっと息子が自分と同じ道に進んだことはうれしく思っていたでしょうね。

 

家族の元へ戻ることを決意、40歳を過ぎてからのキャリアチェンジ。

その後20年近くドライバーとしてキャリアを積んでいました。確かに長距離を運転するのは体力的に厳しい仕事でしたが、幼い頃から好きだったドライバーがいやになることは全くありませんでした。まさに「天職」って感じだったのですが、40歳になった後、大きな転機が。

 

父の体調が悪くなり、介護が必要となったんです。父と離れた地域で暮らしていたので、まずは実家に戻ることを決意しました。同時にドライバーは時間が不規則ですから、家族の介護はなかなか難しく、一度トラックを降りることも決めました。

 

実家から通え、運送に関係する仕事を探していたところ、ハローワークで新日本輸送郡山本社の倉庫担当の募集を目にしました。「物流企業の倉庫担当なら、固定した事業所で勤務できるな」と考えて応募。面接で対応してくださった坂口所長のお人柄に魅かれ「ぜひ、この会社で働いてみたい」と即決しました。人生において想定外のキャリアチェンジでしたが、僕はとても運がよかったと思ってます。

 

配車担当となり、ほぼ初めてのパソコン業務を経験。

入社後は倉庫担当に着任、イチから倉庫の業務を覚えていきました。初めて扱う製品、その製品の積み方なども全て細かくノートに記録して、丁寧に覚えていくようにしました。初めて経験することで苦労するかと思ったのですが、意外に新鮮で、楽しかった。自分では気がつかなかったのですがわりとキャパシティはあるみたいです(笑)

 

その後本社の組織改変で配車担当の打診があり、チャレンジすることに。

 

これまではドライバーとして、配車の指示を受けて走っていたのに今度は自分がコントロールする立場。人に何かお願いしたり、調整するのも初めての経験で、どのように伝えたらいいのかとまどうこともあったのですが、そこは上司のコミュニケーションの仕方を見て学びました。元々はドライバーでしたので、相手の気持ちや苦労はよくわかっていますし、自分の言葉で伝えればいいということもわかってきました。また、仕事で生まれて初めてパソコンを使うようになり、今数ヶ月が経とうとしていますが、少しずつ、楽しく習得しています。

 

リーダーとして信頼できる上司の元で、いずれは組織を支える存在に。

一般的には40歳以上で新しい職種にチャレンジすることは難しいと言われますが、不可能ではないですね。僕のように、組織や上司に恵まれ、新しく経験することを一つひとつ楽しむことができれば、きっと大丈夫だと思います。もちろん、新人のように謙虚に学ぶ姿勢も大切ですが。

 

今期からは配車担当に加え、新日本輸送の宣伝・販促担当者という役割も増え、ノブレスグループ内のホテルやレストランの拠点担当者と一緒にソーシャルメディアの勉強もすることになりました。事業所内で勤務していると、あまりグループを意識することはないのですが、他の拠点の皆さんとのコミュニケーションの機会も貴重な経験です。

 

新日本輸送はノブレスグループで一番歴史の古い法人だと知り、とても誇りに感じています。リーダーとして信頼できる上司の元、いずれは僕もグループや会社を支える人材になるように成長できればと考えています。